てぃーだブログ › Shaolong To The Sky當山貴史の部屋 › 沖縄を返してほしいと思った

2010年05月04日

沖縄を返してほしいと思った

 小さな頃から基地があるところで育って、

基地の中のクリスマスパーティーや夏のカーニバルを

ロックフェスティバルを楽しみにしながら育った。

ロックの街コザで育ったから、ディープパープルも

当たり前に聴いていた。

 そして、同時に基地の中に住んでる人たちは、金網の中に居て

かわいそうだとも思っていた。

 でも大人になって気付いた事は金網の外側に閉じ込められていた

のは沖縄の人だったという事だった。彼らは僕らの行けない沖縄

の隅々まで行けることを今更ながらに知った。

 基地の中で働いている人々、アメリカ人の夫を持つ姉、その姪っ子

達、一緒に育った混血児たち。僕はその人たちを大事に思ってきた。

 ツアー中、よその街で沖縄のこと、基地の事、辺野古の事を

話すのはスラスラとやれるが、

コザの街、沖縄のステージで話す時ほど矛盾やストレスを

感じることはなかった。
 
 恩納村でライヴをやった時、米兵がフロアに居た。

ステージから『あなたも仕事で兵隊をやってるんだろうけど、

戦争はないほうがいいよな?平和が好きだろ?』

と問うたら彼は沖縄人の彼女のそばでにっこり笑って

『yes』と答えた。

 ライヴが終わったあと彼と話をしたら

『明日イラクに行くんだ』と彼は言った。

目の前に迫るリアリティに胸ぐらを掴まれた。

吐きそうになった。

 もうこんな矛盾のかた結びの上に成り立つ

沖縄ではいけないと思う。

今は亡き大山朝常さんが『沖縄独立宣言』という本を出した時に

なぜだろうと思ったが、

 沖縄の先人たちは、僕が思っているよりはるかに昔から

何万倍も辛い涙をのんだのだろう。

 僕が思うのは

鳩山総理や沖縄県知事があとになって歴史となって語られる頃、

『この人たちが、沖縄の民意を汲み取って米軍基地を無くした本当の功労者』だと

語られるような行動をとって欲しいと今更ながらに思う。

今日という日が巻き戻せるなら、と過去を憂いても始まらない。

 普天間基地、県内移設反対と公然と言えるようになった今を

招いた事にだけは感謝している。
 
鳩山総理の心変わりをもう一度だけ期待する。

 

 




Posted by 當山 貴史 at 23:53│Comments(6)
この記事へのコメント
始めまして。発言ありがとうございます。
心変わりさせるには、私たち一人ひとりがライブやデモや集会でアピールしていくしかないと思います。
Posted by Ryota1981 at 2010年05月05日 16:27
沖縄の問題を国民的関心事にしたのは、鳩山の功績だと思います。しかし抑止力とか海兵隊の役割云々は官僚の詭弁を丸呑みした、沖縄の人の心を逆撫でにする言葉だと思います。
日米安保の破棄が本当に必要だと思います。
Posted by 辻 隆 at 2010年05月05日 17:21
世は清濁併せ持つ。生き残る為に何を為すかを問う事をすり抜け、基地を無くせと叫ぶ事は、この地を継ぐ者としてどういう事を意味するのか、熟考を要するだろう。
チェチェン、ウイグル、チベット、イラクを見渡し、この沖縄の地へも残酷と悲惨をもたらす者共が在る事を見定め、これを遠ざける事を「現実」として考える事休まず、その結論を得るのは容易くはない。
 
『平和』を奏でる事は容易い。現実にこれを為すのは容易くない。
自身の役割を矮小化する前に、真剣にこの地が百年生き残る為に成すべき事は今何のかを考える良い時期に来ているかもしれない。
 
 
『安全』を確立していく事が求められる世の中で『平和』というテーマは、時に問題を単純化し、極論的なユートピア思想へと引きずり落とす『思考停止』装置として機能してきたようにも思える。
 
次世代を担う沖縄の子供達へ伝えるべき知恵について、より実践的に生き残るための術が求められている。クリエイティブである事を放棄して、その考えるべき責任を『日本』や『米軍』『鳩山首相』に押しつけ、『反対』する事は、決して誇れる行為ではない。
 
果てしの無いテーマなのは誰にとっても同じだが、キング牧師もガンジーも、この同じ世に生きた事を思い出せば、考える元気も沸いてくるだろう。
 
海兵隊をグアムやテニアンへ下げるのであれば、それ相応のリスクを負う覚悟をもってこれを成す努力を厭わず当たらねばならんだろう。
たとえそれによって将来『残酷と悲惨』を享受しようとも、今度は被害者ぶらない事が肝要ではあるが。
Posted by miyahira at 2010年05月06日 01:12
沖縄県民は米軍出て行け 米は出ないよ と言っているのでやりようのない側面があるんです
Posted by Rさん at 2010年05月06日 12:34
名護の桜祭り会場でボランティアガイドをしているので、よく外人に話しかけるし、話しかけられます。忘れもしません。何年も前のこと、イラク戦争もあり、名護も基地移設問題で揺れていました。複雑な感情が渦巻いていました。若い米兵が桜を見に来ていて、「明日、イラクに行くんだ」と静かに行ったとき、状況があまりにも複雑すぎて、「そうか」としかいい返せませんでした。話題は変わりますが、ブラザーズという映画があるそうです。予告編とあるラジオ番組でお勧めの映画として評論されていたので、とても興味があるのですが、いかに戦争が人間を変えてしまうか、リアルに描かれているそうです。優秀な兄とできのわるい弟。兄はアフガニスタンに派兵され、部下と二人、敵に捕らわれ、むごい事に「お前自信の手で、部下を殺したら、お前の命だけは助けてやる」と敵に言われ、ものすごい葛藤の末、結局、自信の部下を殴り殺し、自信は命だけは救われ妻子の待つアメリカに戻る。そこで弟や妻子は兄の変わりようにたいへんなショックを受ける。やがてその家族は・・・という評論でした。戦争は人の命を奪う。この映画の中の兄のように命は助かっても、心臓や身体だけが辛うじて動いているが魂が抜けた状態になって戻ってくる人もいる。戦争も基地もないことに越したことはない。そこまで考えるのはたやすい。けれども、本題はそこからなような気がしています。どう考えて気持ちを整理したらよいのやらさっぱりです。感情がついていけていません。
http://www.brothersfilm.com/
Posted by Touruma at 2010年05月07日 14:34
経歴だけを数え切れないほど困惑と磨きの青春の火種が生きていてこそ燃えていた。
Posted by coach outlet sale at 2011年01月06日 20:49
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。