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2010年05月07日

海の上で思ったこと

 2004年頃だったと思うが、僕は座間味島という慶良間諸島の

美しい島にライブをしに出かけました。昼間の空いた時間に

オイコスというダイビングショップの皆さんのご好意で

スキューバの体験ダイビングをさせて頂いた。海の中は素晴らしく

透き通っていて、呼吸をするのを忘れそうになるくらい美しかった。

 竜宮城っていうのは多分、琉球のことで、浦島太郎の物語で

歌や踊りを舞う美しい華やかな世界は、琉球民族の歌や踊りで

もてなされた事を現しているに違いない。そして、浦島太郎が、

玉手箱を持って家にたどり着いた時におじいちゃんになったのは

 あまりにも琉球から遠すぎて、何年もかかったもんだから

白髪のじいさんになってしまったんだろうと勝手に思い込んでいる。
 
 那覇の泊港へ戻った時に、港の海の色と座間味島のあの美しい

海の色の違いに驚愕、落胆してしまい、友人のウルトラマン好きの

ショウジに電話をした。こんな高々1,2時間の船移動しかしていない

のにも関わらず、こんなに本島の海が汚れているという事が気になって

しょうがなかったのだ。

彼は当時辺野古のテントでの座り込みについて、よく僕に話を聞かせて

くれていた。

 彼は、辺野古に行けば、基地建設のための作業船を阻止するための

ボートに乗せてもらえるはずだから、とにかく現場に行ってみてくると

いいよと言った。

 そんな中途半端な正義感を胸に緊張しながら翌朝辺野古へ向かった。

テントには地元のおじいやおばぁ、本土から基地建設阻止行動を支援

するために長期滞在する若いボランティアの方々、そして元は漁師

だった人、基地建設反対に立ち上がるさまざまな職種の方々があつまり、

一日中、防衛施設局の作業員とそれを阻止する反対派の同志の安否を

見守るのである。

 僕はある方にお願いをして、小さな漁船にのせてもらった。

沖の方まで行くと、環境調査をするためのやぐらがすでに設置されて

おり、これ以上の作業を進めまいとするダイバーたちが、カヤックの上で

防衛施設局の動きをじっと見張っていた。船長は無線で、何番のやぐらに

作業員が向かったからそこを阻止しろという言うような形で、指示を

出していた。やぐらは10件には満たなかったと思うが、

相手は国に雇われた大人数で、代わる代わる人員を投入してくる。

こちらは漁船にも限りがあり、多勢に無勢という状況。

それでもなんとか必死に暴力だけは使わずに言葉だけで

『作業をやめてください』とやぐらにしがみついて作業を阻止するのだ。

 カヤックにのっていた人たちは、女性もかなりいた。そんな方々を

作業員は撮影カメラのまわっていない所で容赦なくやぐらから

引きはがした。

海の上に日中の何時間も海水に揺られながら過ごすので、

トイレにもいけず、灼熱の太陽の下、体力消耗は過酷極まりない

状況だったはずだ。

 それでも朝から夕方五時の作業中止まで死にものぐるい

で海に座るのである。

 作業員を乗せる船の操縦士には賛成派の地元の方もいた。

船同士のすれ違いざまに、こちらを罵倒し、ある人は包丁をちらつかせ

こちらに数メートルの距離で投げる振りをする者までいた。

 元々は仲良く暮らしていたはずの漁師たちは、

賛成派や反対派に引き裂かれる事を余儀なくされ、親や子

親戚同志までがいがみあうという泥沼の構造が生み出されていた。

 その時、この人たちを誰も責めることはできないと思った。

普段の生活の中で、個人ではどうしようもない国家権力にがんじがらめに

されるという感覚はそうはない、少なくとも僕は。

 けれども辺野古に関わる住民はそれを毎日肌で感じて

いたのではなかろうか。今でもこれは、きっとぬぐわれてはいないでしょう。

あの美しい海の上で空を見上げた時、

なんとも表現しがたい魔物のような大きな

真っ黒な権力という存在を感じた。何もできない自分を悔いた。

あまりにも辺野古の海が美しく太陽に照らされているのが

悲しさを増大させ、ただただ涙を流す事しかできなかった。

 座間味島に劣らないとてもきれいな海はまだここには

あった。

それが僕の初めての辺野古体験だった。

 アメリカ大統領さん、鳩山総理、そしてアメリカや日本が

警戒視すべきというアジアの国々の長の皆さん、

戦争や暴力から幸福が生まれる事は皆無であり、

悲しみや大きな犠牲、その後消し得ない怨念しか残らないという事を

歴史がちゃんと示してくれているじゃないですか。

 お願いだから一般の市民を引き裂くような、

辺野古の住民を引き裂くような二の舞は踏まないで欲しいのです。

 ブログに

平和を唱えるのは容易く、実現するのは困難だと指摘を受けたが、

僕の考えが甘いと言われるのはしょうがないが、

『すべての良い事柄は、遠回りの道を通って、目的へと近づいていく』という

ニーチェの言葉にかけている。

絶えざる熱意が世の中を変える。



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この記事へのコメント
私も何度か、辺野古に足を運びました。あそこはどこか時が止まってしまいがちで異様な集落になっていました。初めて言ったのは1年ちょっと前、それまで何も知らなかった自分がふがいなく感じました。昨日、twitterから、県内基地移設に反対する署名に参加しました。
Posted by miori at 2010年05月07日 09:50
たかふみさん 俺もそう思う。
なんかおかしいよね><
沖縄の人はただそのまま暮らしたいだけなのにね
もう何と戦っているのか全然わからない><
なんで沖縄の人同士で争うことになってるの?
沖縄の事 基地のこと 内地のこと
知れば知るほどおかしい><
何も行動できなくても やらなくても
沖縄の人は静かに心の中で戦っているんだと思う。
Posted by の~ぶ at 2010年05月07日 11:12
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